畏怖

2019年12月29日
りいさ( 19歳 / 学生 )

なんだか時たま自分のことがひどく怖くなる

未知のものに対する怖さと同じ感覚だ

わたしは生まれた瞬間から私のはずであって、主体としての私であって、経験全てに私が関係しているのに

時々自分のことを自分が一番知らないんじゃないかって考えたりする

知らないっていうのはなによりも怖くて、何かが芯から私を奪い去っていくのかもしれないなんて、子供が考えるようなことがまだまだ不意に想像の世界から飛び出してくる

でも、最近になって気づいたことは、多分何も知らないから怖いってことじゃなくて、認めたくないだけなんだと思った

認めたくないなと思う自分がそこにいて、汚くって醜くって嫌いだから、そんなのは私じゃないのにな、と思うことに逃げたりする

嫌な感情を持ってるのは自分と違う誰かのせいにして逃げてしまおうとしてる

綺麗な心の感情だけをふるいの上に残して、それ以外の汚い感情すべてどこかの誰かに押し付ける

知らない、の一言に全てを任せてしまう

癖になってしまったらもはや無意識だ

綺麗なように見えるもので繕ってしまったら、中身はスカスカで、まるで自分が知らない人みたいな感覚になる

なーんにも詰まってないすっからかんの私

知らない、知らない、知らない

子どもみたいに駄々を捏ねていても

本当はあまりにも自分の理想の人間像と離れた人格の私のことを私は知っているし

やだなぁと思うけど、友達の好きな人を好きになる自分とか、人の不幸を嘲笑う私とか、他人の不幸を願ってしまう自分だとか、他人に不寛容で自分に寛容なそんな自分を知っている

自分が怖いというのはきっと、大嘘だ

怖くなんてない、私は私のことが大好きなんだもの

誰よりも一番自分が好きだ

そしてそんな好きな自分が、こんなにも汚れているのを許せないだけだ

今ここまで書いて、すごく心がスッキリした

ここで私は自分に一つの疑問がある

理想の自分ってなんだろうって

私は何に縋り付いているのだろう

学校で遥か昔に教えられた人間としての理想像が私の理想像なのか、きっと違う

私の理想像は私の周りの人たちだと思う

綺麗で美しくって、そんな周りの人たちを理想像としている

顔が可愛いあの子、愛嬌のあるあの子、気が利くあの子、常にエネルギッシュなあの子

言い出したらキリがないけど、ひたすらないものねだりをしている

私は見誤っている

他人と向き合うときは、人間の本質じゃなくって少し色のかかったベールを上にかけてしまうこと

誰かと関わる時にずっと素でいる人なんて本当にごく少数だということを

みんなみんな汚くって醜くって、そんな部分があると思う

その上に見せてる綺麗な部分を羨んでそれで自分全てを満たしてしまいたいなんて、無理な話だということを

そして何よりも私は紛れもなく私でしかないのに他人になりたいだなんて思っていること

ないものねだりじゃなくて自分にあるものを探さなくちゃいけない

他人になりたいと願っているのに一番好きなのは自分自身で、理想の像は美しいあの子なのに現実の私には目が向けられない

汚くって醜くってあまりにもかわいそうな自分の感情が、自分の中を埋めてるんだとどこかでは分かりながらも、見てこなかった

愚かでかわいそうな私

そんな悲劇のヒロインごっこなんかに浸りたいんじゃない

だから、ここでじたばたと足踏みなんてごめんだ

汚い自分を殺したりなんてしないから

知らないフリなんて愚かなことももうしないから

心の底からずっと私だけは私を好きでいたい

ないものねだりしないなんてことは一生できないだろうけど、私も他人に欲しいと思われるような何かを見つけて伸ばすことはできると思うんだ

p.s日を跨ぎまくってちまちまと書いてきた日記なので、長いしぐだってるし内容があっちこっちにとんですみません

りいさ

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