活動およびサイトの目的

2016年05月19日

インターネットが普及し現実の社会では表現できなかったことをネットの中で垂れ流すことがひとつの文化の様になった現代で、なぜ病める人間が多いのか。

答えはとてもシンプルで、現実の世界で表現をしなくなったからだと思っています。(もしくはする機会が減った。)

人は他人に向けて表現をし、それに対してなんらかの反応をしてもらわないと生きていけない生き物です。それも不特定多数のよく知らない他者ではなく、自分が認められたい他者に。それが本質的なコミュニケーションだと考えています。

表現をするために必要な2つの要素があります。

「自己認識」と「自己受容」

これについては後日書きますが、「自己認識」「自己受容」「自己表現」をすることで人は人として生き、幸せみたいなものにたどり着くのだろうと思っています。

僕が見る限り、生きにくそうな人が世の中には溢れかえっています。

僕もそうでした。でも自分の生き別れた父親と20年以上経って再会して、おかしな世界を見て、自分の生きる場所を見つけました。

僕は自分を慕い、集まってくる女の子たちを「乳母」と呼びます。それは僕なりの彼女たちへの敬意であり、また実際に僕は彼女たちに生きさせてもらっていると思っているからです。もちろん若い彼女たちがずっと僕のところにいるなんてことは、多分不幸なことで、いつか僕のところから卒業していくのだろうなと思っているし、卒業してもらわないと困ります。

それまでに僕が知っていること、この世界に入って僕がもらったものを彼女たちに少しでも伝えられたらなぁと思うわけです。

その手段が、僕の中ではセクシャリティな行為であったり、同じ闇や同じ嗜好を持つ者との交流であったりするわけです。

僕の考えや方法に合わない人も必ずいます。
そんな人は離れていくだろうし、一時的に僕のところから離れていく子も今までにいたことは事実です。
それに対して特に怒りや憎しみは感じることもないし、いつでも戻ってきたらいいよと思っています。
僕は僕の考えを信じているし、だれにも賛同されなかったとしてもそれは変わらないだろうなと思います。

今は運よく、僕を慕ってくれる人が少ないかもしれないけどいます。

その人たちのために僕ができることはなんなんだろうと日々考え提供し続けていくことが、僕の活動であり、提供した相手がそれを糧に幸せな人生を歩んでくれたらと願うわけです。

おっぱい揉みたい。

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